連載「僕の知事選、奮闘記」 〜敗軍の将、兵を語る〜

No.2 数奇な半生

 

 「数奇な半生」の話の続きである。自分がなぜこんな数奇な経験をしてきたのか、そこに何がしかの特別な意味は無いのか?これらの経験は、この国に還元すべきではないか。自分の運命(さだめ)をそう定めた。無論一人よがりの思い込みではある。そして、様々な場面で、様々な組織に提案をした。

 まずは問題点の指摘だ。「これは問題ですよね?」「はい」…よし、問題点の認識はある。「では、こういう考えで解決を考えたら如何でしょうか?」「素晴らしい!」…よし、課題の認識もある。いよいよ具体的な提案だ。「では、具体的な方法として、こうしたら如何でしょう。」「いいですね。」「では、採用して頂けますか?」「いいえ」「・・・???」。これがその後のパターンだった。ほぼ、この繰り返しだった。(その後、東洋経済のメルマガで書いた連載コラムの中で指摘した「茹で蛙」状態の典型パターンだ。「問題点の認識」と「具体的な行動」がリンク(連携)していない。これは学童時代の教育に問題がある。スポーツで「スポ ーツマンシップを学ぶ」と、「脳と身体の連携」のトレーニングができる。この点については、「政策:スポーツマンシップ教育」で詳しく述べる予定。)

 霞ヶ関を去る前の古賀氏とお会いしたことがある。「実は私の周りでも同じようなコトの連続なんですよ。この国に自浄能力は無いのかも。ハードランディングしか打開する方法がないと思い始めました」と仰っていた。その後、半年経って役所を去られたが、霞ヶ関内部の自浄能力に見切りを付けたのだろうか。古賀氏は筆者と同じ昭和30年の生まれ。人生の最初から「55年体制」にズボッと入ってしまった世代である。

 古賀氏の徒労感は他人事ではなかった。そして、私にとっては将に極めつけの事件が起こった。「良かれ」と思って提案した某法人との契約当日に、契約を白紙にされたのである。それは将にその組織とその産業の将来への布石として提案したものだった。却下された理由が全く曖昧だった。少なくとも、当方からの提案内容が「その産業の課題解決にとって、良いかどうか?」という視点で判断され、却下された形跡は無かった。つまり本質が議論されていなかったのだ。(なお、その問題は依然として解決されていないし、解決に向けて有効な手段が講じられた節もない。講じられたのは、「やった」というアリバイ作りでしかなかった。「案の定」と 言うしかない。)

 翻って、今回の知事選では、どうだったであろうか?「静岡県の将来にとって、どんな政策が求められるのか?」そのためには「知事にはどういう能力が必要か?」という点は明確になっていたのだろうか?本質の議論があったのだろうか?「知事を選ぶ基準が明確になっていなかった」と感じたのは、私だけだったのだろうか?「感じの良い人かどうか」が最初の、そして一番重要な論点になっていなかっただろうか?言うまでもないが、これは課題解決にとって本質的な論点ではない。それとも、これは、所詮「落選者の戯言」なんだろうか?(ああ、7年前と同じだ!)

 話を戻すと、「白紙にしてください」と言われて、膝がくだけた。それと同時に心が壊れた。「もう現役は終わったな」感に包まれた。数ヶ月の間、何もする気にならなかった。(Wカップが日韓共同開催が決まった時も同じだったなあ。)「私は社会に必要とされていないのか?」「提案は大きなお世話なのか?」「むしろ、邪魔なのか?」悩んだ末に、ビジネスマンとしての現役を引退することに決めた。引退して、後進の育成に専念する決心をし、大学の教授職についた。

 あれから7年が経っていた。そこに今回の「県知事選出馬の打診」だった。まるで、「7年ぶりに現役に復帰し、バッターボックスに立て」と言われたプロ野球選手のようなものではないか。いや、プロ野球選手だったら、迷う事なく断るはずだ。しかしながら、当方は齢57歳。働き盛りと言っても良い。「50歳での引退は早すぎたか」と、悶々とした思いがこの7年間どこかにあった。自分を必要としている世界がある。これは強烈なモチベーションとなった。(それに加え、学生諸君には、日頃「義を見てせざるは勇無きなり」と言ってきたではないか。)

 事が決した後に「敗戦は既定路線として予め予見できたはずだ」と、事情通の友人に言われた。その説明には説得力があった。事前に相談すべき友人だったが、相談しなくて本当に良かった、と心の底から思っている。これまで「行ったこと」について後悔したコトが無い。反省はするが、後悔をしたことが無かった。唯一の例外となる後悔は、前述した「曖昧な理由による契約の白紙撤回」事件に抵抗しなかったことだ。別のある友人による「コトを荒立てるな」という助言に従った。その友人には申し訳ないが、その時にコトを荒立てなかった事については未だに後悔している。後悔は「やらなかったコト」にのみ生まれ、「しでかしたコト」には後悔 がない。これが筆者の生き方である。

 次回から、その数奇な半生を振り返る。(なお、筆者の数奇な半生にご興味のある方は、拙著「極私的サッカー見聞録」を参照されたい。)

 屋上屋を承知で繰り返すが、私が知事選出馬を決意した理由として、「私の数奇な半生の体験」が活かせると考えた点がある。それならば、これまでの半生を整理して明らかにしておくべきだろうと考えている。その上で、そういった半生の経験に根ざした「政策」の説明をさせて頂こうと考えている。

 この半生記の記述が長くなりそうだ。連載二ヶ月分くらいにはなるだろう。いや、今年中に終わるかな?長すぎる?途中で飽きたら、おかまいなしに次の「政策」に行こうかな。所詮、ブログだからいいだろう?それにしても、選挙戦中には「政策」を説明する機会が実に、実に少なかったなあ。これにはフラストレーションがずいぶんとたまったもんだ。このブログはその鬱憤晴らしでもある。ブログだから、それも許されるでしょ。

                                        (2013/07/22)

 

 

 

 

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日時: 2013.07.22|