連載「僕の知事選、奮闘記」 〜敗軍の将、兵を語る〜

連載No16. Wカップの招致活動と地方自治体 2013/08/08

Wカップの開催地に立候補するにあたって、中央政府との交渉も然る事ながら、国内で最もエネルギーを使ったのは、実は地方自治体関連の作業だった。Wカップの招致は、まず24の自治体が手を挙げて始まった。最終的には招致活動費の負担金を捻出できた16の自治体が招致活動のコアメンバーになった。

税金を投入するわけだから、地方の議会を通さなければできない相談だ。「サッカーという一競技の世界大会を招致するのに税金を使う!?」などという非常識な話を議会で通さなければならない。金額は1自治体あたり2億5千万円!である。しかも、この活動費は、招致に失敗しても返金不可である。どうしたら議会を通すのか?各自治体のスタッフと我々企画部との共同作業が始まった。

「Wカップの開催がどのように地域振興に結びつくのか」という論理を考えださなければならなかった。そのためには、まず「21世紀の日本という国の形」と「地方自治体の姿」を模索し、提示しなければならない。何のことはない、ここで私は、本来ならば自治体の首長がすべき「地方の21世紀像」を描くことになったのである。ある意味で、県知事と同じ目線での思考の訓練をしていたとも言えよう。(これらは後に「グリーンブック」という小冊子にまとめ、配布された。)

運命の日は、1996年6月1日だった。この日に日韓双方がFIFAの理事会でプレゼンテーションを行い、直後に投票が行われ、多数決で開催地が決まる。…はずだった。ところが、周知のように、プレゼンテーションもさせてもらえず、投票も行われずに、2002年のWカップは、「日韓の共同開催」に決まった。その結論自体にどうこう言うつもりは無いが、後出しジャンケンのようなコトには肚が立った。「共同開催」という選択肢は、ルールには無かったのだ。どういう判断だったのか、実は今もって判明していないが、FIFA内の政治力学であり、決して日韓への配慮からではないことははっきりしている。招致活動費用の90億円は、どう考えるべきか?多くの人が数年にわたって関わり、皆の期待を背負った苦心の作である我々のプレゼンテーションは、させてもらえなかったのだ。

今更ではあるが、我々が用意したプレゼンについて、いい機会なのでこの場を借りて触れさせて欲しい。なぜ、日本で開催するのか?招致の基本的コンセプトは、冒頭で次のように説明されるはずだった。「2002年は、日本が1952年にサンフランシスコ講和条約によって、戦後の国際社会に復帰してからちょうど半世紀にあたる。この半世紀の間、世界規模の戦争は起きていない。国際的な平和のメリットを最も享受したのは我が国、日本だ。国際社会に対して、その半世紀の恩返しをさせて頂きたい。その機会が、Wカップの初のアジア開催となる日本大会である。」と。それなりの説得力はある、と今でも思う。が、「死んだ子の歳を数えても仕方がない」。

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日時: 2013.08.08|