連載「僕の知事選、奮闘記」 〜敗軍の将、兵を語る〜

連載No.57 「マニュアル」整備と「自衛隊・警察との協力関係」促進 2013/0930

「危機管理マニュアル」と「危機対応訓練」は不可欠だ。

 「マニュアル」作りには、作る過程で「危機感を共有する」という副次的な利点がある。「東北大震災で起きたこと」「施設によって防げた問題」「被害を大きくした制度の不備」「訓練によって、防げた被害」などの整理と、そこからマニュアルを整備することが肝要かつ有効だ。(もっとも、これは静岡県に限ったことではない。ここでの教訓を活かさなければ、震災で無くなった人達が浮かばれないだろう。)

 特に、災害時に力を発揮する「警察」「消防」「自衛隊」との連携は重要だ。神戸大震災の際、自衛隊への出動要請を躊躇して災害を大きくした首長がいたが、こういった事態は避けたいし、避けられる。また、東北大震災では、自衛隊による臨時の道路敷設を自治体が許可しなかった地区があった。「地権者の許可を得ていない」ことが許可しない理由であった。実に馬鹿げている。これを聞いたアメリカ軍が、「バカバカしい」と一蹴に付して臨時の道路敷設を行った。正しい判断だった。「危機に対応する」事を前提にした軍隊という組織と、「危機に対応する事が苦手」な官僚組織の対応の差が如実に現れた例だ。

 「安全を目指す」ことが、「危機はないものとする」という意識につながりやすいのは東京電力の例で明らかだ。(「問題は無いものとする」という対応は、心理学的には最も幼稚な「逃避機制」と呼ばれるものだ。)実はトップマネジメントの重要な機能は、極言すれば「リスク・マネジメント(危機管理)」になる。あらゆる組織は、生まれた直後から必ず自己目的化する。これは普遍的な原理で例外はない。何か課題があり、その課題を解決するために組織を作る。しかし、一旦組織ができあがると、組織内には組織自体を維持しようという論理が生ずる。この時に「組織としてのリスク(危機)」が生ずる。例外は無い。組織としてのリスクに対応するのがトップマネジメントの重要な機能になる。これも例外は無い。であれば、県知事が県庁と関連組織のリスクに責任を果たすのは当然の機能だ。まずは、「リスク対応」への意識を常に醸成しておく事が必要になる。ドラッカーは、「組織内に組織を否定する意識を常に醸成しておくこと」をマネジメントの重要な機能としてあげている。実学指向のドラッカーらしい有益な指摘だと思う。

日時: 2013.09.30|

連載No.56 「山間部と臨海部との交流促進」 2013/0929

 東北大震災の直後、新潟県の泉田知事は一早く「自治体ごと避難してこっちに避難して来てください」という宣言をした。勇気があるだけでなく、的確な判断だったと思う。大型の天災による避難は、自治体まるごと避難するレベルの大事だ。

 これまで静岡県は太平洋ベルト地帯、あるいは東海メガロポリスなどと言われ、東京と大阪を結ぶ東西の交流で栄えてきた。東海道五三次と言われるように、これは古来より確立されていたルートだ。それに引き換え、南北の導線の発達が遅れている。静岡県にとって、南北のルートとは「山と海を結ぶ」ルートに他ならない。これを天災時の避難導線と考えると、南北の導線の確保の重要性が理解できるはずだ。この「南北ルートの確保」と「自治体ごとの避難」という考えを統合させたらどうなるだろうか?

 つまり、南北に位置する2つないし3つの自治体を1つのグループにし、普段から交流を深めておき、いざという時に備える、という考え方だ。「山に災害が起きたら海に逃げ」「海からの災害には山に逃げ」る。それも「普段から交流のある知り合いのいるところ」に、である。普段の交流としては、相互にお祭りで招待し合うのも良いだろうし、学童達の「夏の合宿」「冬の合宿」でも良い。交流の仕方はそれぞれでいい。理想的な事を言えば、各家庭が海と山それぞれに自分の家を持つことだが、それは経済的に大変で非現実的だから、「お互いに協力し合いましょうよ」というわけだ。災害の避難訓練も相互に行えばいい。そして、「いざとなったら、皆さん全員、こっちに逃げてきなさい」という相互扶助の文化を県内に育成し共有する。それは災害時だけでなく、普段の地域活性化にもつながるはずだ。県は市町のグループ化への仲介役を果たし、交流事業の助成を行えばいい、と思う。無論、交流のために有効な施設整備なども助成する。具体的な活動については、まだまだ色々な可能性がある。震災対策というと、何か暗いイメージがあるが、こういう「交流事業」は明るく、楽しく考えられる。各市町からの積極的な提案を促そう。

日時: 2013.09.30|

連載No.55  多機能の「エコ・シェルター・スタジアム」 2013/0927

  実はサッカーの興行を考えると、芝生を維持する観点から年間でゲームができるのは40試合が限度。残りの300日以上は興行ができないので、興行だけでは遊休施設という側面が強い。そこで、さらに施設の稼働率を高める方策として。「レストラン」「結婚式場」「会議室」などとしての利用が考えられる。マンチェスターシティーのスタジアムは、ゲームデー以外に「結婚式場」として貸し出している。日本でも東京の「明治記念館」や「日本閣」のように、「芝生の庭」を目玉にしている結婚式場は多い。サッカーグランドの芝生は、眺めるだけなら痛まない。ゲームの無い日に、観客席を利用した屋外レストランを営業すれば、「眺める芝生」は大きな魅力となるはずだ。屋根があるので、多少の雨なら雨天営業も可能だろう。

 もう一つ、大きな可能性を感じるのは、「老人ホーム」と「幼稚園」の併設だ。実際にスイスのベルンのスタジアム(スイスとオーストリアの共同開催で実施した欧州選手権で開幕戦を行ったスタジアム)は、一方のゴール裏の建物を老人ホームとして活用している。5階に食堂があり、ここからは実はゲームが見えてしまう。無論、無料観戦だ。老人達はゲーム観戦を楽しみにしているが、楽しみにしているのは老人達にとどまらない。なぜかゲームデーには孫達が押し寄せる。子供達と触れ合うと老人の罹病率が下がることが実証されている。結果的にここの老人達は元気になる。

 老人ホームの反対側のゴール裏で「幼稚園」を開くのも検討に値するだろう。園児くらいの軽い人間が、スパイクを履かずに芝生を踏む分には、芝生はさして痛まない。痛むどころか、むしろ土に空気を入れることが出来、芝生の生育には良いはずだ。月曜から金曜の昼間、園児が裸足で芝生で遊ぶくらいでは、プロの興行にとっても何の支障にならないはず。「午前中の1時間、園児は肌足で芝生の上で遊んでいい」という「スタジアム幼稚園」には入園希望者が間違いなく殺到するだろう。足の裏の適度な刺激を受けた園児は、知的な発達も順調になるし、情緒的にも安定することが確認されている。

 「緊急時のシェルター」「平時の福祉施設」「週末のプロサッカー」「環境に良い自然エネルギー」という4つの重要なテーマをこなせるのであれば、公共的なインフラ整備費用が投入されてもいいだろう。これを「エコ・シェルター・スタジアム」として静岡県に整備することを政策としてあげた。(無論これは、静岡県以外でも有用なアイデアだと思う。

日時: 2013.09.27|

連載No.54 「エコ・シェルター・スタジアム」構想 2013/0925

  災害時に「命を守る」ための避難場所(シェルター)に必要な機能は何だろうか?第一に津波でも流されない、地震でも倒れない「頑丈で巨大な建造物」が必要だ。構造的には土台が広い円錐形が望ましい。第二に必要なのは、屋根。第三には、「独立した電源」が必要だ。第四に、「調理(ケータリング)機能」。第五に物資が備蓄できる倉庫。第六に、ヘリコプターが発着できる「ヘリポート」のための空間。(東日本大震災の例で分かるように、道路網は寸断され、海路も船が岸に付けなくなる。物資の輸送は、ヘリコプターに頼るしかない。)

 以上の機能を一つの図に描くと、どうなるだろうか。「ヘリポート」の空間、「縦150m×横100m前後」をまず確保する。次にその空間を囲んだ建造物を考える。下が広く、上に行くに従って狭くなる。四辺を囲んで、「ケータリング」「倉庫」「避難部屋」などを備えた建物を配す。建物の屋根の上には太陽光発電パネルを置き、独自電源を確保する。同時に地下に巨大な「燃料電池」を置くと、「独自電源」とともに、「水の確保」もできるだろう。(前述したように、燃料電池は、「水素と酸素を合体させ電気を発生させる」のだが、その際に「熱」が発生し、「水」ができる。)

 これだけの施設には、土地代を別にしても、数百億円の施設整備費用がかかるはずだ。命を守るためには仕方が無いコストかもしれないが、「百年に一度」の災害に備えると同時に、残りの99年間の活用方法はないだろうか?ここで私が提案したいのが「スタジアム」だ。

 災害時のヘリポートは、普段は芝生を植えるとサッカーができる。(芝生はヘリコプターの発着にとって支障にはならないはずだ。)食料を備蓄するスペースは、室内練習場として活用する。選手がゲーム前のウオーミングアップに使うために必要な空間だが、いざと言う時に運びこまれた物資の備蓄場所にすればよい。選手達が普段使うシャワールームは避難された方々にとっても嬉しい施設だろう。「水の確保」という点では、「飲料水」だけでなくトイレ回りなどの「生活用水」の確保も重要になる。スタジアム内に室内プールを作ることも検討の余地がある。「燃料電池」から出る「水」と「熱」は、ここでも大いに活用できるはずだ。

 ゲーム時の食事提供のためには調理施設が不可欠だ。会議室だけではなく、廊下及びコンコース等のスペースは避難場所にするために、最低限屋根が必要だ。そして最後に建造物からヘリポートの空間に向けて斜面を作り、階段状にすればそれが観客席になる。(ロンドンの人気チームチェルシーのホーム「スタンフォードブリッジ」は、ホテルの壁面からピッチに向けて斜面を作り、観客席にしている。)これで100年のうち99年はプロのゲームにも対応できる立派なスタジアムが完成する。

日時: 2013.09.25|

連載No.53  4)防災政策(リスク・マネジメント)  ①ハード 2013/0924

 東日本大震災以降、天災への備えは何にも増して政治の課題として重要になっている。安倍政権でも「国土強靭化計画」を唱え、海に囲まれ、地震の多い我が国で、最も現実的な津波への備えを進めることを言明している。「南海トラフ」の問題は太平洋側の都道府県にとって、誠に深刻である。静岡県を含む9つの県が、「南海トラフ」対策の指定自治体になっている。私の実家は、焼津市の中新田というところにある。海の波打ち際から2kmくらいのところで、「3.11」級の津波が来たら、間違いなく家は流されるだろう。「3.11」以降、実家に帰ると、どうしてもその話題になる。もしもの時の避難導線を確認するが、幹線道路も含めて道路はパニックを起こした住民のクルマで渋滞するだろう。従ってクルマは使えないだろうから、83歳になる母が「徒歩で1km弱先の東名道路の向こうまで避難するのに間に合うかどうか」が勝負だろう、などと話す。決して愉快な話ではなく、話しながら憂鬱になる。

 憂鬱なのはどこも同じだろうが、沿岸部では本当に深刻だ。何しろ、「海への備え」が話題になればなるほど、「沿岸部に住む危険性」が強調されるからだ。実家のある焼津市では人口の流出が止まらなく、本当に笑い事では済まない。海沿いの土地に住もうという人がおらず、土地に値段がつかないのだ。売るに売れず、引っ越すに引っ越せず。政府が沿岸部に防潮堤を作ってくれるのは嬉しいが、その近辺は「危険地域指定」を受けたも同然で、ますます住民は怯え、地価は下落し、人の流出は止まらない。出口の見えない憂鬱な問題だ。

 そこで発想を変えてはどうか、と次のような提案をしたい。基本的な考え方は、

①   コンクリートで沿岸部を全て被うのは非現実的。しかも景観を損なう。

②   天災への備えは、「命を救う」に徹し、建造物は例外を除き、諦める。

③   どうしても守らなければならない建造物周囲のインフラ整備を進める

④   「命を救う」ために、避難場所とそこにたどり着くための導線を確保する

⑤   現在の沿岸部から内陸に移転するためのコストを、むしろ「復旧事業」のために積み立てる

  まず①についてだが、日本はこれまで歴史的に何度も「未曾有の天災」に遭ってきたはずだ。しかし、海の近くに住むことを放棄していない民族だ。「海と供に生きる民族」だと思う。100年に1度、海が怒ることはあるかもしれないが、残りの99年は「海は豊かさをもたらす源泉」なのだ。海が怖い人に強制はしないが、「海と供に生きる覚悟」を持った人には、近くで海を眺めながら暮らす権利があるのではないか?(これは「山の民」にも同じことが言えるだろう。)

日時: 2013.09.24|