連載「僕の知事選、奮闘記」 〜敗軍の将、兵を語る〜

連載No.48 スポーツ≠体育  2013/0914

 ビクトリア朝イングランドは、「7つの海を制し」「太陽の没しない帝国」を築いた。「Pax-Britanica」と言われた英国の覇権は、20世紀の初頭、第一次世界大戦が開始されるまでの凡そ70年間続いた。「その成功は植民地経営の勝利にあり、それを支えたのがミドルマネジメントの育成にあった」と喝破したのは、マネジメント学の泰斗、ドラッカーだ。ミドルマネジメントとは、軍隊で言うところの小隊長クラスの将校だ。兵士でもなく、将軍でもない。現代であれば、海外支社長クラスを指す。当時の植民地は、低開発国で、しかも苛烈な気候条件の地が圧倒的に多かった。パブリック・スクールは全寮制であり、寮内では暖房器具の使用が禁じられていた。あの寒い英国の冬で暖房が禁じられていたのは、将にパブリック・スクールが植民地経営の人材育成を担っていた証左だ。

 パブリック・スクールで完成された「近代スポーツ」の中核には、元々「スポーツマンシップ」という原理が存在していた。パブリック・スクールに集うジェントリー(郷紳)層は新しい時代、「近代の産業主義」の英国を担っているという自覚を持っていた。人類の歴史の中で、初めて貴族階級になっても「仕事」をする層が出現した。(これに相当するのは日本の江戸時代の武士層だ。)パブリック・スクールでスポーツが採用された当初、その目的は「勝つこと」ではなかった。ゲームを通じて、「誰が最もスポーツマンらしくプレーしたか」が競われていた。スポーツマンは、「心・技・体」に優れた「国を担える人材」を意味していたのである。

 ゲームの最中は、誰にとっても勝ちたいという気持ちが強く、「勝つためには手段を選ばない」という傾向に流れがちだ。そこで堪えて、「礼節を重んじることができるかどうか」は、なかなか簡単ではない。(実際にスポーツに打ち込んだ経験のある者ならば、誰にでも分かるだろう。)そして、スポーツのルールとは、将に「興奮状態で我を忘れると、ファウルしやすい」ように仕組まれている。(サッカーの「オフサイド」や、ラグビーの「スロー・フォワード」や、バスケットの「キャリング」という反則は、「人間の興奮と欲望を抑制できるかどうかをためす」ためにある、実にうまくできた仕組みだ。「罠」と言っても良い。)「忘我」とは「覚醒」の反対の状態を指す。「どんな状態でも自分を客観視できるかどうか」、が我を忘れやすいスポーツというゲームで試される。これに勝つことを「克つ(克己)」という。これができるとスポーツマンになれる。

 翻って我が国におけるスポーツでは、それが徹底されているだろうか?実は、スポーツ界で「敵」という言葉を使う国は世界でも多くない。(筆者の知る限り、日本だけだ。)スポーツでプレーするのは相手であり「敵」ではない。これは我が国において、「体育」が兵士養成の軍事教練だったことの名残だ。前述したように、「スポーツは、元来、将校クラスを育てる」ものだった。「兵士」と「将校」の違いは、大きい。「兵士は、将校の判断と命令を遂行する者」という関係である。「体育」では身体の鍛錬は可能だが、「判断」という「脳の機能」の鍛錬は、そもそも目的とされていない。初代文部大臣の森有礼は、「国民教育の要諦は、知育・徳育・体育の3つである」として、「体育」を「知力」と「徳力」の養成と切り離して考えていた。この点で、「知力」と「徳力」を併せた身体活動としてのスポーツとは、明らかに異なった思想が背景にある。

東京五輪が2020年に開催されることが決まった。素直に寿ぎたい。その一方で、日本には真っ当なスポーツ(文化)が確立していない点を忘れるべきではない。1964年の東京五輪の開会式を記念して作られた国民の祝日の名前は、「体育の日」だ。五輪は「スポーツの祭典」である。決して「体育の祭典」ではない。競技の強化もいいし、インフラ整備もいい。が、その前にスポーツの誤解を正し、真っ当な理解を進めるべきではないだろうか。

 

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日時: 2013.09.14|