連載「僕の知事選、奮闘記」 〜敗軍の将、兵を語る〜

連載No.51 NPO法人「スポーツマンシップ指導者育成会」 2013/0918

 スポーツの原理の中心に、「尊重(リスペクト/Respect)とい精神的な態度がある。リスペクトとは、「異者の価値を理解し、違いを許容する」コトだ。異者とは自分と意見が異なった者のことだ。自分と意見を同じくするものを許容するのは難しくないが、異なる者と折り合うことは容易くない。社会とは「異者」の集団だ。「同質者の集団」である「共同体」とは、そこが本質的に異なる。共同体の論理は、「人は皆一緒」だが、社会では「人は皆、それぞれが違う」。近代になり、特に産業革命後、生産力が急激に向上し、交通の発達も伴って、「ヒトとモノ」の動く量と早さが急増した。都市には「異者」の集団ができ、それらが集合して社会が形成された。「社会」が法的な制度となったものが「国民国家」に他ならない。社会という「異者」の集団を近代国家は「国民」という概念で統一した。(「国民国家とナショナリズム」の関係については、Bアンダーソンの「想像の共同体」、ゲルナーの「民族とナショナリズム」、Eボブズボームの「ナショナリズムの歴史と現在」などがおススメだ。)

 未だに「共同体の論理」が社会の主流となっている日本は、大きなリスクを抱えているままなのだ。そしてそのリスクに備えるために「どれだけ人材教育が必要か」、そして「スポーツマンシップ教育が、どれほど有効か」が、多少はお分かり頂けたのではないだろうか。

ではどうするか。具体的には、小学校の5年生から「体育」という授業名を「スポーツ」に変更する。そして、5年生の最初の授業で「スポーツと体育の違い」を教える。10歳くらいになると、この両者の原理的な違いを理解させることは可能だ。実際、私は小学校5年生に「スポーツマンシップ授業」を実施している。(この録画はスポーツ総合研究所のHP内に公開されている。)

 また、私は、「知事立候補の打診」を3月初旬に受ける3ヶ月前、2012年の12月に、「スポーツマンシップ指導者育成会」というNPOを立ち上げてた。これは読んで字のごとく、「スポーツを通じてスポーツマンシップを教える指導者を育成する」コトを目的に作ったNPOだ。申請から認可まで10ヶ月を要した。東北大震災の後に「人災」という言葉が踊ったが、誰もそれに対応しないで時が過ぎていくことに危機感を抱き、翌年の初頭に自らのリスクで動く決意を固めて創立を決意した。5年をメドに47都道府県全てに指導員を育成して、そこを中心に普及する、言わば「家元制度」をイメージしていた。また資格付与の団体として、「漢字検定」のようなシステムもイメージしていた。ちなみに漢字検定は公式な資格ではない。「知事選出馬」の打診は、そういう点からも筆者が受ける絶好のタイミングだった。これが無ければ受けたかどうか…。

この記事へのコメント

Leave a Reply

日時: 2013.09.18|