TSS「スポーツ総合研究所」

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vol.4-パブリック・スクールとスポーツ

スポーツの成立時における階級性を問題にする場合に、19世紀の英国におけるパブリックスクールが果たした役割は頗る重要である。
近代になって、特に産業革命を経た英国社会において産業市民、つまりブルジョワジーが台頭し社会のヘゲモニーを握る。彼らはいわゆる無産階級と違い、裕福ではあるがそれまでの貴族と決定的に違うのはモノを生産する、つまり仕事をするという点である。そして仕事をする産業人として通用する人間を作り出す場として機能したのがパブリックスクールだった。そこに集う子弟は、大英帝国の中核を担う人材として教育を受けていた。特に劣悪な生活環境と過酷な気象条件の植民地に派遣される管理官として、どんな条件にも耐えうる強靱な身体と、本国に一々指示を仰ぐことなく決定する決断力、不屈な精神力と勇気、また英国に対する忠誠心、約束を忠実に守る誠意などを備える人物を養成することを要請されていたのである。当時の記録によれば、冬でも暖房を用いないなど、寄宿舎のアメニティーは劣悪であり、食事の状況も惨めなものであったが、上記のような目的を達成するためにかなり意図的に劣悪な環境が用意されていたようである。
そこで特に(ラグビーとサッカーが分化される前の)フットボールを中心にしたスポーツが、体力向上とともに上記の徳性を陶冶するための機会として盛んに採用されていた。しかし、実際はしばしば上級生の陰湿な下級生いじめの場となったり、暴力的なゲームによって致命的な傷を負うなどの問題が起こり、改革の必要が叫ばれていた。例えば、寮対抗のフットボールでは、下級生がゴールとなった寮の前に並ばされ、相手チームの上級生のどんな攻撃にも怯まずボールがゴールを割ることを阻止しなければ、臆病者の汚名を頂くことになったのである。当時のルールでは相手を蹴ることは許されており、禁止事項には「致命傷を負わせるために靴の先に鉄や鋲を仕込むことは禁止」などがある、凄まじいまでの暴力的なゲームだったのである。

これらの暴力的な部分を如何にソフィスティケートして、制御された文化的振る舞いにどうやって誘導するかが大きな課題であった。これは「ゲームのスポーツ化」と呼ばれるものであり、これを進めた代表的人物が有名なラグビー校の校長、トマス・アーノルドである。彼は1827~42年の校長在任期間中にパブリックスクールの改革を進めた立派な教育者であったが、その改革の理念は立派な産業人育成という目的を持っていた。すなわち「ルールを重んじ」、「フェアに振るまい」、「友愛を忘れず」、「生産を通じて社会に奉仕する」ことを徳目とした。これらを身につけさせるために、それまでの荒々しさを前面にしたフットボールをスポーツらしく、そして人格形成に寄与する装置へと改良したのであった。(「トム・ブラウンの学校生活」T・ヒューズ/1857)
アーノルドの成功に倣って、その他の学校も改革を行い、1860年代にはほとんどのパブリックスクールにおいてスポーツが公式カリキュラムとして採用され、スポーツを理想化したイデオロギー「アスレティシズム」も定着したのだった。これは「雄々しいキリスト教」とも呼ばれ、スポーツの倫理規範的な教育機能を重視した思想であった。そういった機能を果たすことを通じてスポーツ自体の洗練度は完成されていき、現在の形式へと整えられていき、形式が共有され一層普及していったのである。
例えば、当初フットボールのルールはパブリックスクール毎にばらばらだったのだが、1848年にケンブリッジ大学で別々のパブリック・スクール出身者が集まり、一緒にフットボールをプレーするために共通のルールを決めた。それが他の大学やパブリックスクールにも広まっていった。
普及を促した理由のひとつは言うまでも無く、交通機関の発達である。当時ジェントリー層は「シーズン」と呼ばれる「田舎とロンドンの二重生活」をしていた。ロンドンで社交中心の生活を営むうえで、ルールの共有化は必然的であった。そして共有化されたルールは、田園生活に戻るとその地で伝播された。この繰り返しにより非常に短期間で全国的な「ルールの共有化」が果たされたのではないかと推測される。
  その後1863年に協会(Association)が設立され、協会式のフットボールがサッカーとしてラグビーと分離することになった。FA設立後10年を経て、フットボールは海を渡りフランスに伝播したのだった。

後述するがクーベルタン男爵は、思想的にトマス・アーノルドの賛美者であった。両者の共通点は、民主主義とは健康にして志操堅固なエリートの育成を通じてこそ達成できるものであり、自主独立の気概をもった健全なエリートの養成によってこそ、スポーツは社会の安寧に対して大いに資するべきだという点であった。
 

日時: 2005年06月13日 21:30 |

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