マルチチュード
ネグり&ハートの「マルチチュード」読了。
上巻と下巻のあいだの中断期間を含めれば半年かかったぜい!
これまでの歴史認識の整理と
現状の分析と問題点の抽出は刮目すべき点が多々あった。
最初に「これは哲学の本だよ」と宣言しているから、
まあ、現在の問題に対する具体的な処方は期待すべきではないとは分かっていたが・・・。
ここまで具体的な事例をあげて問題点の指摘をし、
それに対するには「マルチチュードしかない」と啖呵切るんなら
現実的な処方あるいは提言があっても良かったんじゃないかな。
最後は隔靴掻痒の観あり。
(何せ最後は「政治は愛だ」だって??)
ただし無駄だったかと言えば決してそんなことはない。
「帝国」の著者だし。
「帝国」は現在を読むキーワードになった観がある。
帝国とは何か?その答えを知りたければ読むべし。
マルチチュードで言いたいことは、どうも政治における「ポストモダン」なんじゃないかな。
ネットワークや多元性、多様性、差異をそのまま認める、などがそれだ。
結節点はあっても、極や階層性を認めないんだな。
原理的な共産主義に近いんじゃないかな。
既に思潮としてのポストモダンは一昔前の赴きがあるが、
確かに現在の世界政治の姿はポストモダンそのものだ。
米ソの対立と冷戦構造までがモダンだったのだろう。
その後にきた
「スーパーパワーの米国一極構造」や、「歴史の終わり」や「文明の衝突」が
次の段階であるかのような言説が続いてきたが、
それが見せかけのものだったことを暴いたのが「帝国」論であり、
「マルチチュード」につながる必然なんだろう。
固有名詞としてのグローバリズムが、隔差を助長するこは既に常識だし、
IMFに従った韓国やタイに経済危機が訪れ
無視した中国とインドの経済が順調であることの意味。
小泉や竹中がどのような文脈で登場したのか。
郵政民営化は当然、再検討の対象とならないとおかしい。
小沢が「ISAFに自衛隊は参加する」と発言しているのも、
実はまだ前世紀の遺物を引きずっている証左でしかない。
留意すべきこと、つまり今後の情勢で注意深く見ていかなければならないことが
いくつかはっきりしてきた。
それらはむしろ「帝国以降」(Eトッド)で言及されている。




