亀田な問題
亀田問題が世間を騒がせている。
昨日の朝、熊本のホテルでTVをつけたら
8時のワイドショーはどこの局もトップは「亀田問題」。
では「亀田問題」とは何か?
「やんちゃなガキがルール違反した」
という問題であれば、ここまで大事にはならなかろう。
この問題には2つの軸があるように思う。
「視聴率のみを追い求め、話題つくりに邁進したTBS」
の問題は、そういう手に「まんまとひっかかる」
視聴者(つまり我々)の問題とは切り離せまい。
これは第2の軸、「メディアリテラシー」の問題である。
第一の軸とは、無論「ボクシング」そのものの問題だ。
この問題を語るフレームに気になる現象がある。
元のジムのオーナーに代表される
「ボクシングしかしてこなかったから・・・云々」である。
これはボクシングを馬鹿にしている発言だ。
ボクシングはスポーツである。
真っ当なスポーツをしてきた人間がああいう振る舞いをするわけがない。
「サッカーばかり(野球ばかり)しているから」非常識になるのか?
これが現在の日本のスポーツの地位を象徴している。
スポーツを通じて人格陶冶を行わないで済ませている。
だからスポーツが軽んぜられるのだ。
この問題を論ずるTV番組で
コメンテーターとしてスポーツ関係者が呼ばれないのには理由があるのだ。
亀田がしているのはボクシングに似せているが
ボクシングではない。喧嘩である。
であれば、問題は
「なぜボクシングをしなかったのか?」であり、
「なぜボクシングでないものを放映したのか?」であり
「なぜボクシングでないものを見たがるのか?」であろう。
つまり問題の本質は「ボクシング不在」なのではないか。
より一般化するなら「スポーツの不在」である。
真っ当なスポーツ(ボクシング)が存在し、
真っ当なスポーツ(ボクシング)を教え/学び
真っ当なスポーツ(ボクシング)を実施し
真っ当なスポーツ(ボクシング)を放送し
真っ当なスポーツ(ボクシング)を観戦して楽しめばいいのである。
そのための処方は、
「スポーツマンシップ」の啓蒙普及を進め、
プロボクサーになる研修でスポーツマンシップを叩き込み
TV局と番組向上懇親会を設け
「質の高いスポーツ中継とは何か?」についてコンセンサスを打ち立て
視聴者にスポーツの理解を進める方策を共同で練るのである。
そのうえで視聴率のアップを図るべきであろう。
(そのうえで「ゲームにはジャニーズが必要だ」と
バレーボール協会が判断するならそれは一つの見識であり、
誰にも咎めることはできまい。)
これは「スポーツリテラシー」の問題である。
こうやってみると、第1と第2の軸に共通しているのは
「リテラシー」問題だということになる。
協会が第3者の識者の参加を前提にした
「ボクシングリテラシー委員会」設立を検討したらどうだろう。
昨日、熊本で700人以上の体育教師を前に
スポーツマンシップ教育」について講演をした後、
帰途の飛行機内でこんなことを考えた。
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