五輪開催地落選の報道
予想はしていたが、
報道のレベルがなあ・・・・。
ヒドイ!
第一に全体像の把握ができていない。
第二に、現実的な論理征の欠如。
第三に、日本語がなってない。
批判にせよ、批評にせよ、もっと勉強せんかい。
一つの好例・・・でなく悪例は、読売新聞の「存在感」。
第一に、存在感の定義がない。情緒論の典型。
あるいはステロタイプ、つまり紋切り型。
「存在感」なんて言葉をだしておけば無難、的な・・・ね。
第二に、存在感という言葉を持ち出すココンテクストが滅茶苦茶。
いいか。
米国の大統領以上の存在感が今の世界にあるか?
それが一巡目に消えたシカゴだぞ。
「存在会」で論ずるのがナンセンスの極みであることぐらいは
中学生レベルの思考力でも分かるんじゃねえ?!
アホウか!
それより何より、プレゼン自体が決定にどれだけの影響を与えているんかねえ。
普通の大人なら、理事会の投票当日までに、
各理事がどこに投票するか決めていると判断するだろう。
当日の朝になってもどこか決めたいないのは、アホウな数人の理事だけだろうが。
それが大人のジョーシキってもんだろう。
なぜ大人かって?
それは誰に聞いても「まだ決めていない」と答えるに決まっているからだ。
からだ・・・じゃなくてダ・カ・ラ、大人なんだよ。
幼稚園痔のジャーナリスト君達よ。
読むべき価値のある論評は現時点で皆無、であったな。
日時: 2009年10月03日 22:27
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