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神々の沈黙

ここんところ「神々の沈黙」という本を読んでいる。
著者のジェインズは、「人間はいつ意識を持ったのか」
に関する仮説と検証をしている。
80年代の末に書かれて、05年に日本で翻訳された。

「ものぐさ精神分析」の岸田秀のいう
「人間は本能が壊れた」という主張と重なる部分がある。
本能のままに人間は行動できない。
言語によってしかモノが考えられない。
本能が壊れたから「言語」を持ったのか、
言語を持ったので本能が壊れたのか。
まあ、両方の側面があるだろうが。

岸田のいう「本能」というのは、
本書では「右脳」のある機能を指している。
それは「幻聴」を聞く能力、ということ。
現代では「幻聴」は統合失調症という「病気」で片づけられている。
ジャンヌ・ダルクが聞いた「神の声」も幻聴だ。

つまり、「幻聴」という神の声を聞く能力を失ったことが
「神々の沈黙」という本の由来だ。

人はかなり前、というより恐らく人となたt最初から言語を持っていたろう。
しかし、それがなぜ文字の誕生になったのか。
なぜ人は名前を持ったのか。
実は、名前を持った時期と墓の誕生がほぼ同じ時期らしい。
確かに名前を持たない人の墓は作らないだろう。

古代文字の中で現在まで残っているのは漢字のみだ。
楔形文字などは全て無くなっている。

ジェインズは二心室という言葉で、
右脳の幻聴を聞けた時代の人間の状態を表す。
それが、変化して現在は幻聴ではなく、
左脳の言語野でモノを考えるようになった。

それは分かった。
仮説の検証も説得性がある。
しかし、「なぜ」が分からなかった。

半分まで読んで、ある仮説が浮かんだ。

人間が登場した初期は、決めなければならないことは少なかった。
「今日はどっちに行こうか」くらいではなかったか。
しかし、判断することが増えていった。
その進化は、群れの人数の増加と比例したはずだ。
判断することの複雑さが増し、数が増えると
全て「右脳から聞く神の声」で対応できなくなった。
中には一々神の声を聞くまでもなく
前例の記録で判断することも出てきた。
ジェインズも「文字の誕生は、神の声を記すことだった」
と主張している。
声を記すことだkら、文字は「読む」ものではなく「聞く」ものであった。
それは古代シュメールの文章で検証ができる。

しかし、文字は「聞く」ことから「読む」ものへと変化する。
その方が便利だからだ。
一端、神の声を聞かないで判断するようになれば、
その頻度もあがる。
それは、判断/思考する機能が
右脳から左脳の言語野へ移行することを促進したろうと思う。
神々は沈黙し始めたのだ。

明日の台風の中で、残り半分のどこまで読めるかね。

日時: 2009年10月07日 20:37 |

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