南アのWカップはエピソード満載だなあ
パラグアイ戦、PK戦の決着後、
パラグアイの選手が駒野を慰めていた。
本田は翌日のインタビューで、
「我々を応援してくれた人も
批判した人も、全て、我々にとって大切な存在でした。」
長友はBlogで
「成功とは成果にあるのではなく、そこに至る日々のプロセスにある。」
だと。哲学者だなあ。
(マラドーナは文学者、あるいは詩人だった。9
ところで、と。
最近になって、スポーツマンシップってのは本当に大変だと、つくづく思う。
本を書いたり、講演をしたりすると、
会う人の中で「共感しました」と言ってくれる人は少なくない。
ところが、だ。
行動した人は1%もいない。
実行の無いものはスポーツマンとは言わない、と聞いているのに、だ。
最近はおほ褒めいただいても、全く嬉しくない。
「全く」、Not at all! 、全然、これっぱっかしも、だ。
2か月ほど前に、「スポーツマンシップ立国論」を上梓した。
ここから何かを起こそうと思っているし、今も行動中だ。
S氏という方が、「社長として、社員に読ませる」と言って30冊買ってくれた。
以上、終了、である。
他に動いた奴が一人としていないじゃないか。
それが現実。
「共感した」だと?よく言うぜ、と思ってしまう。
驚くことに、読んでもいない奴がそういうことを言ったりする。
中には、本屋で10分くらで飛ばし読みした、
といけしゃあしゃあと言う奴さえいる!!
本の売れ行きと、アマゾンのレビューを見ていれば、
口先だけの奴ばっかりだということが良く分かる。
(ちなみにアマゾンの読者レビューはゼロ)
実に、実に、良く分かるんだよなあ。
「広瀬さん、素晴らしい本を書きましたね」
などと、著者には言うわなあ。
時候の挨拶と一緒だ。
そういう口先だけの対応を見るにつけ、
ますます、この国にスポーツマンを育成する制度を構築する意義を
重く感じ、ファイトが湧くぜ。

